2017 FIM MotoGP 日本グランプリ ノブさんの見どころチェック
日本GP開幕直前
「世界最高峰」と謳われるMotoGPが、いよいよ日本にやってくる!
スズキのMotoGPチーム「Team SUZUKI ECSTAR」の今シーズンを
スズキ・MotoGPマシンGSX-RRの開発ライダー、青木宣篤さんが振り返ります。
ノブさんの見どころチェック
── ちょっとデリケートなことを聞きたいんですが……。
青木 なんでも聞いてよ! どぉんと答えちゃうよ!
── スズキのMotoGPチーム「Team SUZUKI ECSTAR」、今シーズンは苦戦が続いてますよね(※註1)(※註1)。ズバリ、その理由を教えてもらえませんか?
青木 うーむ、それかぁ……。えーとね、そのぅ……。
── 歯切れ悪いじゃないですか。「どぉんと」って言ってたのに……。
青木 正直なところ、いろんな要素が重なっての結果だから、「コレが原因!」とスッパリ言い切るのは難しいんだよね……。
── 昨シーズンは1勝を含めて表彰台も4回獲得してましたよね。そのままの勢いで今シーズンもイケるんじゃないかと、スズキファンとしては大いに期待してたんですが……。
青木 だよねぇ……。さっきから「……」ばっかりだ(笑)。調子が悪い時って、問題点を整理するのが難しいんだよね。開発ライダーであるワタシとしても頭が痛いところなんだけど、最大の原因はライダーとマシンのマッチングにあると思ってるんだ。
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── と、言いますと? 具体的には?
青木 エースライダーのアンドレア・イアンノーネ選手の転倒を見てると顕著なんだけど、彼はフロントブレーキをハードに「バツーン!」とかけて、フロントに大きな荷重を残したままコーナーに進入していくタイプのライダーなんだ。ところが、その走りに対してGSX-RRの特性はちょっと合っていないようだ。例えばフロントまわりのねじれが限界を超えた時に、スパーンとフロントから転んでしまうと思うんだ。
── イアンノーネ選手が転倒の多いライダーなのかと思ってました。
青木 いやいや、そうじゃない。彼のライディングスタイルに合ったマシン特性を作り込めていないんだよ。確かにまわりからすれば「転んでばっかりだなあ」と思ってしまいがちだ。イアンノーネ選手も自信をなくしちゃうだろうしね。でも、才能あるライダーのいいところを引き延ばしてこそ、レーシングマシンだからね。ライダーとマシンがうまく噛み合っていないところが、不調の要因のひとつかな。
── 難しいものなんですね。
青木 本当に難しい。それに、驚くほどちょっとしたことなんだよ。ミリ単位の変更でフィーリングが激変するし、それがリザルトに直結する世界なんだ。去年までよかったから今年もいいとは限らないのは、ライダーも変わればタイヤのスペックも変わる。そのほんのちょっとの違いが、好不調を大きく左右するんだよね。
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── 今はシーズン中のエンジン開発も凍結されてますよね(※註2)(※註2)
青木 そう! 開幕前にスペックを決めたらそれっきり。途中で修正することはできないんだ。かなり厳しい話だよね。スズキは2015年に復帰したばかりで経験値もまだまだ少ないから、なおさら苦しい。でも、開発ライダーの立場から言わせてもらうと、エンジンは非常に扱いやすい特性なんだよ。滑らかだし、こちらのスロットル操作に対する反応もすごくリニアで、あまり不満はないんだ。
── では、問題は?
青木 エンジニアはエンジンに、開発ライダーであるワタシはフレームに問題があると見てるから、結局は両方向から見直してるってことだよ。フレームに関してはシーズン途中のアップデートも可能で、実は第13戦サンマリノGP後にニューフレームをテストする予定だったんだ。ところが残念ながら雨でテストできず……。投入のタイミングは遅れてしまいそうだ。
── しっかりテストしてからじゃないと新しいフレームは使わないんですね。
青木 スズキは伝統的にライダーの安全を第一に考えるメーカーだからね。慎重なんだ。正直、生き馬の目を抜くような世界最高峰のレースに携わる身としては、「もっとやっちゃおうよ!」と歯がゆさを感じることもある。「多少のリスクなら背負うから」と。でも、スズキはあくまでも実直で慎重。ちゃんと安全が確認されなければ実戦投入はしない。そういう姿勢は、量産車の開発でも同じだよ。例えば新型GSX-R1000Rには華々しい新技術(※註3)(※註3)がいくつも搭載されたけど、実はすごく長い時間をかけて検証されたものなんだ。だからスズキのバイクは、誰でも安心して乗れるんだよ。
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── それって、ライダーにとっては心強いですね!
青木 開発ライダーとしても「大事にされてる」というのはモチベーションになるよ。ワタシは2005年から開発ライダーを務めさせてもらってるけど、いつも思うのはレーシングライダー個人個人に合わせたマシン作りが軸になってるってこと。このあたりはいろんな考え方があって、あるメーカーは「エンジニアのデータ採りのためにライダーを走らせる」なんて風に言われてる。でもスズキは、ライダーの意見をすごく尊重してくれるんだ。ライダーの考えが反映されたパーツを作ってくれるから、やりがいがあるよ。
── 青木さんは新型GSX-R1000Rにも乗ったことがあるそうですが、MotoGPマシンのGSX-RRと同じような思想を感じますか?
青木 ビンビン感じるよ! GSX-Rも乗り手のことを第1に考えて、すごくマジメに実直に作り込まれてる。強烈なスペックなのに誰でも扱いやすいエンジン特性なんかは、GSX-RRにも通じるよ。ただね……。
── ただ、なんでしょうか?
青木 レースは結果がすべて。スポーツなんだから当たり前だよね。とにかく勝たなくちゃいけない。今シーズンの結果からすると、何を言っても言い訳になっちゃうのが悔しいな。
── かつてGPが2ストローク500ccマシンで競われていた(※註4)(※註4)頃のように、1発大逆転といった下克上も見られなくなりましたしね。
青木 「決勝日の朝に2ストエンジンのポートを削ったら突然絶好調になった」とか、「キャブレターのセッティングが突如うまく行ってトップを走れた」とかね。そういう不確定要素は今のMotoGPではほとんどあり得ない。ガチガチに定められたレギュレーションの中ですっかり成熟し切っているから、すべてを緻密に積み上げて重箱の隅を針でつつくような、超シビアな戦いなんだ。
── そんなお話を聞いた後にアレですが、間もなく日本GPの開幕です! ここはひとつ、景気のいい抱負など伺いたいのですが……。
青木 スズキファンの皆さんは、もちろんGSX-RRの優勝シーンを待ち望んでおられると思います。開発に携わっているワタシもまったく同じ思いですが、正直なところ厳しい戦いになると予想しています。でも、今できる範囲で精一杯のレースをしているのも確か。今シーズンは日本GPを含めてあと4戦ありますが、最後の最後まで諦めず、手を抜かず、全力を尽くすことが、来年以降につながります。先まで見越したスズキの本気を、ぜひツインリンクもてぎで、生でご覧になっていただきたいと思います。
── スズキ、本気なんですね?
青木 もちろん本気の死に物狂いです。「カッコいいところをお見せします!」とまでは言い切れないところがもどかしいんですが、常に本気でレースに取り組んでいるのは確か。そもそもスズキって会社は本当にレースが好きで、社長自らが激励に駆けつけてくれるほど。エンジニアたちと開発の仕事をしていても、「そんなに熱くなるのか!」と思わずコッチの心にも火が点くぐらい、ホットな人たちばかりなんです。彼らの姿を見ているだけでも、「スズキのバイクに乗っていてよかった」と思えるはずですよ!
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※註1 今シーズンは苦戦
エースライダーのアンドレア・イアンノーネ選手は最高位7位でランキング16位、アレックス・リンス選手は最高位8位でランキング20位(第14戦終了時点)。

※註2 エンジン開発が凍結
エンジン開発競争の激化によるコスト高騰を防ぐため、シーズン中は原則的にエンジンの開発ができない。2014年から施行されているレギュレーションだ。新規参入チームは除外される(テクニカルコンセッション/技術的優遇措置)が、スズキは2016年に4度の表彰台を獲得したことで、今シーズンからテクニカルコンセッションの対象ではなくなっている。

※註3 華々しい新技術
新型GSX-R1000Rには、スズキレーシングバリアブルタイミング(SR-VVT)、スズキエキゾーストチューニングアルファ(SET-A)、スズキトップフィードインジェクター(S-TFI)、スズキデュアルステージインテーク(S-DSI)、スズキレーシングフィンガーフォロワーバルブトレイン、スズキドライブモードセレクター(S-DMS)、モーショントラックTCS(トラクションコントロールシステム)、ローRPMアシスト、スズキイージースタートシステム、ローンチコントロール、双方向クイックシフトシステムなどが搭載されている。

※註4 かつてGPが2ストローク500ccマシンで競われていた
かつてのGPは2ストロークエンジン、4ストロークエンジンとも排気量は500cc以下とされており、ひときわ軽量高出力な2ストマシンのみで競われていた。2002年から2スト500cc以下、4スト990cc以下とされると、一気に4ストが主流に。現在は4スト1000ccのみで、2ストエンジンは禁止されている。