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2016 FIM MotoGP MOTUL 日本グランプリ
ノブさんの見どころチェック
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ノブさんの見どころチェック
第3章 MotoGPレースってどこがスゴイの!?
── 「MotoGPは2輪レースの世界最高峰」と言われますが、どのあたりが「最高峰」なんですか?

ノブさんの見どころチェック青木 すべて、だね(笑)。マシン、ライダー、そしてチーム......。何もかもが本当の意味で最高峰なんだ。

── 青木さんは、1993~2004年まで世界グランプリで戦い、今もスズキMotoGPマシンの開発ライダーとして前線に立っています。その青木さんから見ても、やはり最新のMotoGPレースは......。

青木 最高(笑)。今は開発ライダーという立場でMotoGPマシンを走らせているから、プロとして仕事意識を持ってる。でも、いちレースファン・レースマニアとしては、MotoGP の観戦が最高に楽しくて仕方ないんだ!

── 「最高」の内訳、もう少し教えていただけますか?

ノブさんの見どころチェック青木 やっぱり最大の醍醐味は、決勝レースで繰り広げられるバトルじゃないかな。なんだかんだ言って、レースは抜く・抜かれるのシーンがあるほど面白い。MotoGPでは、それがものすごく高い次元で行われてるんだ。
特に今年はバトルシーンが多いから、優勝ライダーも多い。毎戦のように見応えのあるレースが展開してるんだよ。

── なぜ今年はバトルが多いんですか?

青木 いろいろ要因はあるけど、もっとも大きく影響してるのは、今年からタイヤがミシュランになったことだ。
2009~2015年までの7年間は、ずっとブリヂストンタイヤのワンメイク(※註1)だった。各チームは長い時間をかけてブリヂストンタイヤのデータを収集して、それに合わせたマシンを作り上げていったんだ。ある意味、ブリヂストンタイヤはほぼ完全に使い切っていたと言える。極限までグリップを引き出して、限界の先で走っていたんだ。
そして今年から、ミシュランタイヤのワンメイクに変更となった。メーカーが変わったことはもちろん大きな出来事だけど、サイズも今までの16.5インチから17インチになって(※註2)、これもまた大きいんだ。
そんなわけで、各チームとも、まだいろいろと手探りしながら、データを集めている状態だ。だからタイヤの選び方ひとつで成績にバラつきが出て、それが面白い混戦のレースを増やしてるんだ。

── 限界域で走っているライダーにとって、タイヤの変更は大ごとでしょうね。

青木 うん、大変(笑)。どこまでイケるか限界が把握し切れていなかったり、レース終盤になってグリップレベルが変わった時にどんな挙動を示すかも、やってみなくちゃ分からない部分も多い。
だから、あるレースで絶好調だったライダーが次のレースでは絶不調だったり、レース序盤にハイペースだったライダーが終盤一気にペースを落としたり、その逆もあったりと、とにかく浮き沈みが激しいんだ。
大逆転で優勝して笑ってるライダーの影に、あれよあれよとポジションを落として泣いてるライダーがいたりして、今シーズンは本当に悲喜こもごも。観ている側にとっては、シーズン中にこれぐらい動きがあった方が楽しめるはず。
そういう意味では、やってる側にとっては大変なレギュレーション変更だったけど、MotoGPレースを面白くすることには成功してると思うな。

ノブさんの見どころチェック── MotoGP レースの面白さって、何でしょうね?

青木 突き詰めて言えば、「ハイレベルなライダーたちによる、ハイレベルな意地の張り合い」ってことになるのかな(笑)。MotoGPライダーは、世界各国の選手権でチャンピオンを獲るような精鋭揃い。彼らが最高のライディングテクニックを駆使しながら、結局、ただ意地を張り合ってるだけなんだよ(笑)。
抜かれたらやっぱりカチーンと来て、「ぜってぇ抜き返す!」と根性をキメる。そして、決して諦めない。ヘルメットをかぶってるライダーの表情は窺い知ることができないけど、みんなかなり目玉が三角になってるはずだよ(笑)。
意地っ張りで、諦めが悪くて、最高の腕前の連中が競い合ってるんだから、そりゃあ面白いはずだよね。

── コース上ではライダーたちが火花を散らしている一方で、MotoGPはかなりのチーム戦だとも言いますね。

青木 その通りなんだ。あまり目立たないけど、実はチーム力がレースを大きく左右してる。特に電子制御化が進んでから、レースのあり方はだいぶ変わったね。

ノブさんの見どころチェック── 具体的には......?

青木 まずはライダーの能力が極めて高いことが大前提。彼らはライディングしながらマシンのコンディションを的確に把握していて、ピットに戻るとすぐに、状況をチームスタッフたちに伝えるんだ。
ここでキーパーソンとなるのが、チーフエンジニアだ。よく、走行直後のライダーをスタッフがぐるりと取り巻いて話を聞いてるシーンが見られるけど、たいていその中心にいるのがチーフエンジニアだね。
チーフエンジニアは、ライダーから得たコメントや走行データをもとに、マシンをどうセットアップしていくかを決める。もちろんライダーと相談しながらだけど、チーフエンジニアにどんな経験値があるか、そしてどんなコンセプトを持っているかが、とても重要になる。
まぁ、簡単に言えばライダーの言葉を「翻訳」して各技術者に伝え、彼らがやるべきことを指示するのが、チーフエンジニアの仕事。人と人、相性もあるから、どうしてもうまく行く・行かないが出て来てしまうんだ。
今年、チームスズキエクスターが好調なのは、ライダーとチーフエンジニア(※註3)の関係がうまく行ってるってことも大きいんだよ。

── ってことは、まずライダーがどれだけ正確にコメントできるかが、すごく重要なんですね。

青木 ところが、ライディング中はみんなどうしてもテンションが上がってるし、緊張感も高いからねぇ。いかにMotoGPライダーが優れているとはいえ、さすがにありとあらゆる状況すべてを覚えていられないのが普通なんだ。
そこで重要なのが、データマンの存在だ。さっき「走行データ」と言ったけど、データロガー(※註4)で取得したマシンからの情報を分析して、どのコーナーで何が起きてるかを正確に把握するのがデータマンの役割だよ。

── ライダーの走りが、データで丸裸になってしまう !?

青木 そう! ライダーが言い訳できない、怖~い仕組みだよね(笑)。でも、これがまたバイクレースの面白いところだけど、必ずしもデータとライダーのフィーリングとは一致しないんだ。
例えば、A、Bふたつのセッティング(※註5)があったとする。データで見ると明らかにAの方がいい。でも、ライダーはBの方を好む。そして実際にBの方がいいタイムを出せる......。そんなことも珍しくないんだよ。

── 最先端の技術を駆使してるのに、かなり人間臭いんですね!

青木 面白いでしょう? だからこそチーフエンジニアのように、ライダーのコメントと走行データとを両方突き合わせながら、最終的な方向性を決める人が必要なんだよ。そしてMotoGPには経験豊富な優れたチーフエンジニアがたくさんいて、優れたメカニックやエンジニアたちと一緒になって働いてるってワケだ。
メーカー同士の、技術の競い合いもスゴイ。ライダー同士の、意地の張り合いもスゴイ。そしてライダーとスタッフの人間臭さもスゴイ(笑)。MotoGPの何もかもがスゴイってこと、分かってもらえたかな?

── 痛いほど分かりました(笑)。そんな中、MotoGP参戦復帰2年目にして早くも優勝を遂げるなど、チームスズキエクスターもかなりスゴイですね。

青木 2015年の復帰にあたって、スズキのスタッフは「そもそもなぜ参戦休止することになったのか」という反省も含めて、自分たちのMotoGPレース活動についてじっくりと考え抜いたんだ。そして、「復帰するからには決して妥協せず、好成績を獲りに行く」と、みんなが一丸となった。
MotoGPは本当にレベルが高いから、3年間のブランクはとても大きかったよ。でも、参戦休止中も開発の手は緩めていなかった(※註6)からね。満足はしてないけど、まずまずいいレベルでMotoGPの舞台に戻れたと思う。
そして復帰2年目の今も、みんなが膝を突き合わせていろいろなアイデアを絞り出し続けてるんだ。アイデアには、独創的なものもあるし、セオリー通りのものもある。それらをただの机上の空論で終わらせることなく、地道に形にしてるんだよ。
決して大所帯ではないけど、スズキはいかにもスズキらしいやり方でMotoGPを戦ってる。それが功を奏したんだと思うよ。スズキのスタッフは技術者としてのレベルも高いからね。

ノブさんの見どころチェック── 青木さん、そんな人たちに囲まれながら MotoGPマシンGSX-RRを走らせるなんて、楽しいお仕事をされてますね。

青木 仕事としても、やっぱり最高(笑)。最良の環境で最速のマシンを走らせられるんだから、こんなに楽しいことはありません!
でも、一番最高で楽しいのは、何と言ってもチームがいい成績を残すこと。これに尽きるよ。ツインリンクもてぎ(※註7)は、スズキにとって決して有利なコースとは言えないけど、ここまでの流れを見ていると勝機はあると思ってる。
皆さんもぜひツインリンクもてぎに足を運んで、スゴイマシン、スゴイライダー、そしてスゴイチームによるスゴイレースを楽しんでほしいな!

※註1 ワンメイク
使用できる主要パーツなどのメーカーを1社に限定し、開発費の高騰を抑えること。MotoGPではECU(エンジンコントロールユニット/エンジンを制御するコンピュータ)とECUのソフトウエア、そしてタイヤがワンメイク化されている。ちなみに下位カテゴリーのMoto2はエンジンとタイヤが、Moto3はタイヤがワンメイクだ。

※註2 16.5インチから17インチに
タイヤのリム径(内側の直径)のこと。これまで前後とも16.5インチだったが、2016年にタイヤサプライヤーがミシュランになるのと同時に、17インチに変更された。市販車で一般的な17インチにすることで、開発効率を高める狙いだ。わずか0.5インチ(約1.25センチ)の差はかなり大きく、「まったく別モノ」とされる。

※註3 ライダーとチーフエンジニア
チームスズキエクスターは、アレイシ・エスパルガロ選手に対してアイルライド人のトム・オケイン、マーベリック・ビニャーレス選手に対してイタリア人のホセ・マニュエル・カゾーが、それぞれチーフエンジニアを務めている。チーフエンジニアはライダーのコメントに基づき、個性や好みを考慮しながらマシン作りの方向性を決めている。

※註4 データロガー
MotoGPマシンは多数のセンサーを各部に搭載し、状況をリアルタイム計測している。それらのデータを集積し、保存するのがデータロガーだ。走行を終えてピットに戻ってきたMotoGPマシンがコードでラップトップにつながれていたら、データロガーからのデータを吸い上げているところ。データはデータマンによって詳細に分析される。

※註5 セッティング
MotoGPマシンは、エンジン、サスペンション、フレームなど、ありとあらゆる場所に調整機構が設けられている。これらを調整し、ライダーが気持ちよく走ることができ、なおかつよりよいタイムが出せるようにすることを、セッティングという。タイヤもワンメイクながらコンパウンド(簡単に言えばゴムのこと)を選ぶことができ、これも重要なセッティング要素となっている。

※註6 参戦休止中も開発
2011年をもってMotoGP参戦を休止したスズキだったが、水面下では地道なマシン開発が続けられていた。2011年まではV型4気筒エンジンを使用していたが、休止後、早い段階から新たな並列4気筒エンジンにスイッチするなど、開発姿勢はあくまでも積極的だった。

※註7 ツインリンクもてぎ
皆さんご存じ、日本GPの舞台。栃木県にある国際サーキットだ。いくつかの直線をコーナーで結ぶコースレイアウトは、ハードブレーキングと加速を繰り返すため、「ストップ&ゴー・サーキット」と呼ばれる。スズキにとっては母国で開催される「ホームグランプリ」。例年多くの応援団が駆けつけ、大いに盛り上がる。