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2016 FIM MotoGP MOTUL 日本グランプリ
ノブさんの見どころチェック
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ノブさんの見どころチェック
第2章 MotoGPライダーってどこがスゴイの!?
── MotoGPライダーって、本当にスゴイ人たちなんですか?

青木 いきなり来るね(笑)。世界各国でトップにいた人たちの集まり(※註1)だからねえ。そりゃあスゴイよ。

── 私たち一般ライダーからすれば、かつてGPで戦っていた青木さんもスゴイ人なんですが、その青木さんから見ても今のMotoGPライダーはスゴイたち?

青木 スゴイ、スゴイ、ものスゴイ! 正直、敵いません。

ノブさんの見どころチェック── 「スゴイ」って、何がスゴイんですか?

青木 今のMotoGPライダーは、モノの限界の上を走ってるんだよね。

── 「モノの限界の上」?

青木 そう。バイクの場合、走りの限界を決めるのは主にタイヤだ。MotoGPライダーは、そのタイヤの限界を越えた領域で走ってる。

── ちょっと待ってください。タイヤの限界を越えたら、転倒ですよ。

青木 分かりやすく説明すると、タイヤの限界には1次限界、2次限界っていうのがある。1次限界とは、タイヤが滑り始める領域。そして2次限界とは、転倒してしまうという本当の意味での限界のことなんだ。
最新のMotoGPタイヤは昔よりかなり進化していて、滑り始める1次限界と、転んでしまう2次限界との間が広く取られている。だから、滑ることは当たり前。その先、転ぶまでの間の領域でいかにマシンコントロールするかが、ライダーの腕の見せ所なんだ。

── 限界第1段を越えて、第2段までの間でマシンを走らせるって……。こんなこと言うのはアレですが、頭のネジが1本飛んでるんでしょうか……?

青木 昔のGPタイヤは1次限界と2次限界の間の領域がめちゃくちゃ狭くて、ほんのわずかなミスですぐにブッ飛んでた。その頃のGPライダーは、だいぶ感覚に頼ってた部分はあると思うよ。
でも今のMotoGPライダーは、もっと理詰め。マシン自体の電子制御(※註2)が進んでいるから、どんな走りをするとどんな制御が働いて、それがどう作用するかを理解したうえで、限界を越えていくんだ。

── どっちにしても、確かにスゴイ……。でも、MotoGPマシンの電子制御が進化してるなら、ライダーはラクになったんですか?

青木 それが、そうでもないんですねぇ(笑)。速く走るためのライディングの基本は、昔も今もそう変わらない。速く走るにはなるべく早く、なるべく大きくアクセルを開けるのがセオリー。加速時間が長いほど、タイムは縮められるからね。  そのためには、コーナーに進入する時のブレーキングテクニックがモノを言うんだよ。いくら電子制御が進んでも、MotoGPマシンのブレーキにはABS(※註3)すらついていない。ライダーの腕頼みなんだ。
かつての2スト500ccマシンに比べたらずっと重くなり、ずっと速くなったMotoGPマシンでのブレーキングは、ライダーの体にかかる負担もかなり大きい。強烈な減速G(※註4)に耐えながら微妙にコントロールしなくちゃいけないから、実はかなり大変なんだ。

── 「トラクションコントロールシステムがあれば、ライダーはアクセルを開けるだけでいい」なんて話も聞きますが……。

青木 まず、「アクセルを開ける」ってことがどれだけ難しいか! 確かにトラコンが入ったことで、思い切りよくアクセルを開けられるようになった(※註5)。でも、レースを見ていてお分かりの通り、トラコンと言えども絶対じゃない。物理的な限界を越えれば、やっぱり転んでしまうんだ。「今のMotoGPライダーは、ただパカッとアクセルを開けるだけ」なんて言われることもあるけど、決してそんなことはない。ちゃんとコントロールしてるんだよ。
しかもトラコンのおかげで、アクセルを開けられるタイミングはとても早くなってる。「バイクをなるべく起こしてからアクセルを開ける」のが一般的なライディングセオリーだけど、MotoGPでは、コーナリング途中、ものすごく深いバンク角のうちからものすごく大きくアクセルを開けるんだ。

── 聞いてるだけでも怖いんですが、MotoGPライダーはやはり怖い物知らず……?

青木 そんなことはないと思うなぁ。個人差はあるだろうけど、誰だって怖いよ。メカニズムの限界が上がるってことは、それまでの自分の常識やセオリーとはかけ離れた走りをしなくちゃいけないわけだからね。

ノブさんの見どころチェック── ブレーキングにしろ、コーナリングにしろ、体力的にはかなりシビアになっているんですね。

青木 そうなんだ。「仕事は減ったけど負担は増えた」という感じかな。ワタシもテストライダーとしてトレーニングは欠かさない。ここ数年、趣味としてトライアスロンに出てるけど、それだってどこか体力作りを意識してのことだしね。

── 失礼ですが、青木さんは今おいくつですか?

青木 45歳ですがなにか?

── あ、いえ、昔のGPだったら、45歳っていうのは……。

青木 とっくに乗れなくなってるよね。現役最年長のバレンティーノ・ロッシ選手だって、37歳。昔じゃ考えられない。今のMotoGPマシンが乗りやすくなったっていうのもあるけど、トレーニング自体が進化したおかげもあると思う。それに……。

── それに……?

青木 ロッシ選手はああ見えてものすごい努力家なんだ。影では本当に努力してるし、ライバルの動向やマシンの進化に合わせて自分の走り方も変えてる。あの年齢で走りを変えるって、本当にスゴイことなんだ。
結局のところMotoGPライダーのスゴさって、意志の強さ、メンタルの強さなんだよ。

── フィジカル、メンタルの両方が優れていないといけない……。それはつまり、持って生まれた才能ってことでしょうか?

青木 マルク・マルケス選手を見てると、あの身体能力の高さは持って生まれたものとしか言いようがないと思うな。にわかには信じられないような走りをしてるんだ、彼は。
でも恐ろしいことに、みんな懸命に努力して、そのマルケス選手に追いつき、追い越そうとするんだよね。持って生まれた資質を見せつけられても、決して諦めずに、強い意志と努力で乗り越える。そういうところがMotoGPライダーの本当のスゴさかな。

── 今年はスズキのマーベリック・ビニャーレス選手(※註6)も初優勝で一矢報いましたね。

青木 彼は天才だね! マルケス選手とはタイプが違うけど、彼の走りはやはり誰にもマネできない領域にある。

── 具体的には、どんなところが?

青木 ビニャーレス選手は、コーナリング中に外足から荷重を抜いてしまうんだよ!

── えーっ!? ……と、驚いてみましたが、どういうことですか?

青木 「コーナリング中、外足に荷重をかけること」は、ライディングの基本的なセオリーなんだ。イン側に大きく落とした体を、外足をタンクに引っかけるようにして支えるという意味もあるしね。
でも彼は、あえて外足から荷重を抜いてる。そうすることで後輪をアウト側にスライドさせやすくして、素早い向き変えに利用しているんだよ。

── テストライダーの青木さんとしては、彼の走りもマネしてみる……?

青木 できない(きっぱり)! 挑戦してみることすらできない。恐ろしくて。体の支えがなくなるようなものだからね。ところがビニャーレス選手は、超ハイスピードコーナリング中に、深々とマシンが寝ている状態で、外足から荷重を抜くんだよ!? 初めて見た時は本当に信じられなかった。
たぶん彼自身、何かの弾みでたまたま外足が外れてしまったんだと思う。「うわっ!」と思ったはずだ。でも、!?」と。「いい感じで旋回できるじゃん」と、気付いてしまったんだ。だから、もう1回やってみた。いい感じだ。そしてもう1回……。そうやって、自分のテクニックにしてしまったんだ。

── きっとMotoGPライダーは誰もがそういう「自分だけのワザ」を持ってるような人たちなんでしょうね。

ノブさんの見どころチェック青木 その通り。ビニャーレス選手のチームメイト、アレイシ・エスパルガロ選手(※註7)は、コーナリングスピードがめちゃくちゃ速いんだ。これもやっぱり彼ならではの武器になってる。
ただ、相当にシビアなワザだから、どうしても転倒が多くなる。マシンセッティングが決まった時には素晴らしい速さを見せるけど、そうじゃないと不調に陥ってしまいやすい面もあるね。

── ツインリンクもてぎでは、個性的な武器を持つふたりの活躍に期待しましょう! それにしても、才能あるふたりのライダーたちの走りをしっかり受け止めるスズキGSX-RR。このマシンを作り込んだ青木さんも、テストライダーとして優れているのですね。

青木 どうでしょうか?(笑)マシンにはまだまだ足りない部分があって、いろいろ伸ばしてる途中だけど、GSX-RRならではの「乗りやすさ」だけは損なわないよう気を付けているつもり。そこを無視して、ひとつのパフォーマンスだけを高めようとすると、途端にバランスが崩れてしまうんだ。
「うわっ!」というような速さを感じるようなマシンじゃダメ。それはどこかに無理がある証拠なんだ。ライダーに「いつの間にか速い!」「気付かないうちにタイムが出てた!」と思わせるようなマシンがいい。それはライダーに無理をさせていないということだからね。
これからも「より安全で、より速い」マシン作りを進めて行くつもりだよ。

── 最後に改めて、MotoGPライダーに求められる資質って何だと思いますか?

青木 まずはタイヤを知り尽くして、その性能を余すことなく使い切れること。バイクのレースは、とにかくこれに尽きるかな。ライダーそれぞれ、いろいろなテクニックを駆使してるけど、すべての目的はタイヤの性能を引き出すためにあると言ってもいい。
それから、最新の電子制御をしっかりと理解したうえで、走りの組み立てができること。電子制御はセッティング幅も広いし、できることも多い。今や「コーナーごとにトラコンやエンブレの効き具合を変える」なんて当たり前だ。その中で、自分にとってベストなマシン作りができるかどうかが大きなカギなんだ。  あとは、ド根性(笑)。

ノブさんの見どころチェック── いきなりの精神論ですか(笑)。

青木 バカにできないよ~。さっきの「努力」の話もそうだけど、結局レースって、「絶対に勝つ」という強い意志を持ったライダーがのし上がっていくんだよ。つらい、苦しいを乗り越えるなんて当たり前。より高い位置をめざしてどれだけド根性を決められるか。MotoGPライダーはみんな相当な曲者ぞろいだよ(笑)。
そして最後に、とことんバイク好きってことかな。MotoGPライダーって本当に凄腕の連中だけど、話すとみんなただのバイク好き(笑)。何年もレースをしてるのに、本当にバイクが好きで好きで仕方がないんだ。
ビニャーレス選手のガールフレンドはモトクロスライダー(※註8)なんだけど、彼の自慢は、ふたりそれぞれがモトクロッサーに乗って同時にジャンプして空中で見つめ合ってる写真なんだよ。デートする場所、間違えてるよね(笑)。

※註1 世界各国のトップ
MotoGPライダーの多くは、自国選手権でチャンピオンを獲得したツワモノたちだ。今季、スズキGSX-RRを走らせているアレイシ・エスパルガロ選手、マーベリック・ビニャーレス選手は、ふたりともスペインロードレース選手権で王座に就いている。

※註2 電子制御
最新MotoGPマシンには、トラクションコントロール、ウイリーコントロール、ローンチコントロール、パワーモードなどの電子制御が盛り込まれている。ライダーをサポートしながら、より速く走らせるための装備だ。

※註3 ABS
アンチロックブレーキシステムのこと。ブレーキング時にタイヤのロック(回転が止まること)を検知すると、ブレーキ圧を自動的にリリースし、ロックを防止する。市販車への搭載が一般的になりつつある安全装備だが、MotoGPでは禁止されている。

※註4 減速G
ブレーキをかけると、ライダーの体は前方に持って行かれる。これを腕を始め全身で支えなければならない。MotoGPマシンは強烈な効き具合を発揮するカーボンブレーキを搭載しており、一説では1.5G近くもの減速Gがかかると言われている。

※註5 アクセルを開けられる
トラクションコントロールシステム(トラコン)は、後輪の空転(スピン)を防ぐ装置。MotoGPにおけるトラコンは、主に旋回~立ち上がりにかけてまだバイクが寝ていて後輪がスピンしやすい状態の時、ほどよくエンジンパワーを間引くことでアクセルを開けやすくしている。

※註6 マーベリック・ビニャーレス選手
1995年生まれ。スペイン出身。2010年、スペインロードレース選手権125ccクラスチャンピオン。2013年、MotoGP・Moto3クラスチャンピオン。2014年にはMoto2クラスでルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得し、2015年からスズキのMotoGPライダーに。

※註7 アレイシ・エスパルガロ選手
1989年生まれ。スペイン出身。2004年、スペインロードレース選手権125ccクラスチャンピオン。2005年、MotoGP・125ccクラスに参戦開始。以降、同クラス、250ccクラス、Moto2クラス、そしてMotoGPクラスで活躍。2015年からスズキのMotoGPライダーに。

※註8 ビニャーレス選手のガールフレンド
キアラ・フォンタネージ。彼女はウィメンズモトクロス世界選手権で4度のタイトルを獲得しているという実力の持ち主。一緒にモトクロスのトレーニングもするというスポーティーなカップルだ。