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2016 FIM MotoGP MOTUL 日本グランプリ
ノブさんの見どころチェック
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ノブさんの見どころチェック
第1章 MotoGPマシンってどこがスゴイの!?
ノブさんの見どころチェック── スズキのMotoGPマシンは、「GSX-RR」ですよね。市販車に似たような名前のGSX-R1000(※註1)がありますが、どこが違うんですか?

青木 全部違います(笑)。

── 全部!?

青木 そう、全部。MotoGPマシンは「プロトタイプマシン」と言って、エンジンもフレームも、レースに勝つためだけに作られた完全オリジナルの専用マシンだ。
一方のGSX-R1000は「量産車」。公道からサーキットまで幅広いステージで、幅広いライダーに楽しんでもらうために作られてる。
ただ、似通った名前から想像がつくと思うけど、GSX-R1000もかなり高性能なスーパースポーツモデルだよ。

── 具体的には、どんな違いがあるんでしょう?

青木 軽さとフリクションの少なさ、パーツの精度の高さ。あとはエンジンパワーかな。

── ものすごく軽いんですか?

青木 実はそうでもないんだよ(笑)。軽さって、レーシングマシンにとっては運動性能を高めるためにものすごく大事な要素なんだけど、GSX-R1000のような市販スーパースポーツも、かなり軽く作られてるんだ。
一方のMotoGPマシンは、レギュレーション(規則)で最低重量というのが決められていて、それ以上軽くしちゃいけないことになってる。今年のMotoGPマシンの最低重量は157kgだ。

── どうして最低重量が決められてるんですか?

青木 軽くすると、運動性能が上がる。だからレーシングマシンを作っている各メーカーは、徹底的に軽量化したい。でも、軽量化にはものすごく高価な素材が必要だったりして、開発コストが高騰してしまうんだ。そうなると、お金をふんだんに使えるメーカーだけが勝つことになって、レースがつまんなくなっちゃう。

── じゃあ、青木さんからすると、MotoGPマシンは重い!?

青木 「世界最高峰のレーシングマシン」としてみれば、正直、重い(笑)。昔のGP500マシンはエンジンも軽量な2ストロークで、とにかく軽かったからね(※註2)。その頃に比べると、今のMotoGPマシンは30kg近く重いんだ。ブレーキングや、右左とコーナーを切り返す時には、「おっ」という手応えを感じるよ。

── 「フリクションが少ない」っていうのは、どういうことですか?

青木 「フリクション」とは、摩擦抵抗のこと。マシン開発者はこの摩擦抵抗が大ッ嫌いなんだ(笑)。レースの世界ではよく「フリクションロス」なんて言うんだけど、いろんなパーツで摩擦抵抗が発生すると、せっかくのエンジンパワーが失われちゃうんだよ。だからMotoGPマシンは、フリクションロスを徹底的に抑えてる。

ノブさんの見どころチェック── ちょっとどういうことか分かりません……。

青木 そうだなあ、さっき「MotoGPマシンは重い」と言ったけど、押してみるとビックリするほど軽く動くんだよ。「これぐらいの重量感かな……」と思いながら気合いを入れて押すと、「アラーーーッ!?」って拍子抜けしちゃうぐらい軽く動く。 それは、摩擦抵抗がものすごく少ないから。チェーンやホイールのベアリング(※註3)などといった、擦れ合う部品の抵抗を極限まで減らしてるんだ。

── 「パーツの精度の高さ」というのは?

青木 カッチリ感って言えばいいのかな。あらゆるパーツが寸分の狂いもなく組み付けられてる感じがするんだ。これはイメージなんだけど、市販車が0.1mm単位でパーツが管理されてるとしたら、MotoGPマシンは0.001mm単位、みたいなね。
精度の高さは、いろんな動きの中でのムダのなさ、ズレのなさ、遊びのなさにつながってる。例えばギャップを乗り越える時、まずサスペンションが沈んで、その反動でステアリングステム(※註4)に力が加わるんだけど、ほとんどたわみを感じないんだ。さっきの「フリクションロス」じゃないけど、パーツそのものでもロスを嫌うんだよ。あらゆるパーツが、最大限の力を発揮させるように作られてる。

── 意外にも「超高効率マシン」って感じなんですね。

青木 そう! '09年にタイヤがワンメイク化(※註5)されて以降、限られたタイヤグリップ(※註6)をいかに絞り出すかがマシン作りのカギになってるんだ。だから「効率よく、無駄なく、ロスなく」が大事だ。

── タイヤの話が出ましたが、「限られたグリップ」という言葉も意外です。

ノブさんの見どころチェック青木 もちろん、一般の市販タイヤに比べたら、グリップ力はものすごく高いんだよ。それは深~いバンク角で走るMotoGPマシンを見てもらえれば分かると思う。あれだけ寝かせても、かなりの安心感があるからね。
だから「限られたグリップ」っていうのは、「数社のタイヤメーカーが競い合っていた頃のタイヤに比べると」、だね。ワンメイクになる直前、'08年のMotoGPタイヤは本当にスゴかった。
ちなみにMotoGPタイヤのスゴさって、ただグリップ力の高さだけじゃない。グリップの限界を越えて滑り出した時のコントロール性がバツグンなんだよ。

── 一般ライダーには想像もつかない世界です……。

青木 だろうね(笑)。恐ろしく限界が高いのに、ライダーはその限界をさらに越えようとする。だからMotoGPタイヤも、限界の先のコントロール性まで考えて作られてるんだ。

── エンジンパワーもスゴそうです。

青木 うん、スゴい(笑)。ワタシはテストライダーとして、だいたい月1回ほどGSX-RRを走らせるんだけど、乗り始めは毎回「うおっ! すっ、すげえ!」とパワーには驚かされるんだ。しかも、その「すげえ!」が、1速から6速まで延々続くんだから、たまんない(笑)。速いマシンに乗れるっていうのは、幸せなことだよ……。

── それだけパワフルだと、扱いづらそうですが……。

青木 それがね、真逆。ものすごく扱いやすいんだ。さっきのタイヤの話で出たように、MotoGPライダーは極限まで深くマシンを寝かせて走る。だから、右手のスロットル操作に対して思ったよりパワーが出ても困るし、思ったよりパワーが出なくても困る。
GSX-RRの開発にあたって、ワタシも口を酸っぱくして言い続けてきたんだ。「ライダーが1のスロットル操作をしたら、1の反応をするエンジンを作ってください」って。1の操作に対して、1.1でも0.9でもダメ。1に対して1。究極の1:1をめざしてるんだ。

── そして、パワーも余すことなく使い切ろうとするんですね。

青木 その通り。タイヤグリップと同じだね。最近よく聞くシームレストランスミッション(※註7)も、まさにパワーをムダなく使い切るための機構だ。
「シームレス」って名前からして、「継ぎ目なく滑らかにギアを変えられる」というイメージがあるみたいだけど、実は変速ショックはそれなりにある。ただ、そのショックが速さの秘訣になってる。ロケットって、切り離しながらどんどん加速していくでしょう? ああいうイメージかな。
ものすごく高価と言われてるシームレストランスミッションも、ひとつのコーナーで0.00秒単位のタイムを稼げる程度。でも、それが積もって1周すれば0.0秒単位になるし、10周すれば1秒単位の差になってくる、と。そういうシビアな戦いなんだよ。

── 「MotoGPマシンは電子制御の塊」とも言われています。

青木 後輪のスピンを抑えてマシンを前進させるトラクションコントロール、エンジン特性を切り替えるパワーモード、コーナーの立ち上がりで前輪が浮いてしまうことを防ぐウイリーコントロール、スタートをサポートするローンチコントロールかな。エンジンブレーキのコントロールもかなり重要なんだよ。
ただ、電子制御のためのソフトウエア開発には、ベラボーな手間とお金がかかる。たくさん走って、膨大なデータを集めて、それを解析して、最適な制御をするっていうのは、本当に大変なことなんだよ。だから今年からは「共通ECU(※註8)」が採用されることになったんだ。タイヤのワンメイク化と同じように、開発費の高騰を抑えるためだ。
各メーカーが独自にソフトウエア開発してた去年までに比べると、正直、制御技術そのものはレベルが下がった。でもその分メーカー間の格差が詰まって、レースが面白くなったと言えるかな。

── パワーを出しつつ、低燃費も実現しなければならないそうですね。

青木 MotoGPマシンは使用できる燃料が決まってるからね。今年は22リットルなんだ。これはパワーを出し過ぎないようにするための規則だね。
それでも、MotoGPマシンって1000ccエンジンで250馬力以上を発揮すると言われてるからスゴイよね。それだけパワーを出しながら、燃費はだいたい6km/Lぐらいなんだよ。市販スーパースポーツでサーキットを走るのとほぼ同じか、むしろMotoGPマシンの方が燃費はいいぐらいなんだ。
そうやって培われた「いかにムダなく燃料を燃やすか」という技術は、市販車にもどんどん採用されていくだろうね。

ノブさんの見どころチェック── 第12戦イギリスGPでマーベリック・ビニャーレス選手が優勝しましたね! GSX-RRの強みはどんなところですか?

青木 乗りやすいエンジン特性が1番かな。ハンドリングもうまくまとまってると思う。ただ、スズキとしてはまだ1勝だけだから、これで満足してはいられない。まだまだ開発しなくちゃいけないところは山積みだよ。
去年の復帰からここまで、GSX-RRは大きなモデルチェンジはしていない。マイナーアップデートを繰り返すことで、完成度を高めてきたんだ。でも、もう1歩上をめざすためには、積極的に新しいトライをしていきたいね!

※註1 GSX-R1000
GSX-R1000はスズキの市販スーパースポーツモデル。2001年のデビュー以来、進化と熟成を重ね続けている。今年のインターモトで2017年型GSX-R1000/Rが発表され、注目を集めている。

※註2 とにかく軽かった
GP500マシンの最低重量は、1990年までは115kg、1991年からは130kgと超軽量だった。軽快な250cc単気筒バイク、スズキ・グラストラッカーの装備重量が136kgだから、GP500マシンがいかに軽量だったかが分かる。

※註3 ベアリング
日本語では「軸受(じくうけ)」。回転運動、往復運動などの動きをする部品の摩擦を減らすための部品。ホイールベアリングは、ホイールの軸部分に内蔵されていて、ホイールが回転しやすいようになっている。

※註4 ステアリングステム
フレーム前端のネック部分、フロントフォーク、ハンドルを接続・固定するパーツ。強い力を支える部分なので市販車においても非常に重要なパーツで、ステアリングステムがきちんと整備されていないとハンドリングに悪影響が出る。

※註5 タイヤがワンメイク化
タイヤの供給メーカーを1社に絞ること。タイヤメーカー間の競争をなくすことで、開発費や参戦費の高騰を抑える狙いだ。MotoGPでは2009~2015年の7年間、ブリヂストンの1社供給。2016年からはミシュランの1社供給となった。

※註6 タイヤグリップ
タイヤが路面をつかむ力。バイクのタイヤの接地面積は非常に狭く、前後合わせても名刺2枚分ほどと言われている。その狭さで最大限のグリップ力を発揮させるべく、タイヤメーカーは開発に勤しんでいる。ドライコンディションでは表面に溝がないスリックタイヤを使うのも、接地面積を最大限にするため。

※註7 シームレストランスミッション
通常、ギアを変える時にはいったんニュートラル状態になるため、エンジントルクが途切れてしまう瞬間がある。このロスをなくすために開発された新しいギアボックス。複雑な仕組みにより、次のギアが入ると同時に前のギアが自然に抜けるようになっている。

※註8 共通ECU
ECUとは、「エンジン・コントロール・ユニット」のこと。電子制御の要となるコンピュータのことで、言わば「バイクの頭脳」。2014年にECUのハードウエアが共通化され、2016年からはソフトウエアも共通化された。これもメーカー間の格差を減らし、開発・参戦コストを下げる狙いだ。