スズキ株式会社では「スズキキャリイキャラバン」・「スズキバイクショップキャラバン」の各試乗会イベント会場にて、「東日本大震災義援金」を受け付けます。
義援金にご協力いただいた方には、オリジナルステッカーを配布させていただきます。
【義援金の受付】
スズキバイクショップキャラバン、スズキキャリイキャラバンの各イベント会場に義援金箱を設置します。
【義援金について】
ご協力いただいた義援金と、各イベント会場で実施したチャリティーオークションの売上は、すべて日本赤十字社を通じ、東日本大震災義援金として寄付させていただきます。

このたびの「東日本大震災」で被災されたみなさまにお見舞い申し上げます。
亡くなられた多数の方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
3月11日(金)14時46分に発生した「東北地方太平洋沖地震」は、想像を絶する甚大な被害をもたらしました。我が家は神奈川県西部の伊勢原市にありますが、これがマグニチュード9.0という世界最大級の地震の恐ろしさなのでしょう、震源地から何百キロも離れているというのに、びっくりするような揺れで震度5強でした。震源地近くの揺れの激しさはどれほどのものだったでしょうか、もう想像もつきません…。
ぼくは東北が大好きです。
毎年、東北各地を約1ヵ月1万キロほど走っているので、「みちのくライダー・カソリ」といわれるほどです。昨年は東北太平洋岸の「いわき→八戸」をグラストラッカー(ビッグボーイ)で走りました。それは今回の大地震にともなう巨大津波に襲われたエリアと重なります。
福島県いわき市の舞子浜の四倉舞子温泉に泊まり、相馬市の松川浦の食堂で名物の「あさり御飯」を食べました。宮城県石巻市の牡鹿半島の鮎川では「鯨の刺身」を、志津川(南三陸町)の食堂では「まぐろ丼」を食べ、気仙沼市の唐桑半島突端の国民宿舎に泊まりました。岩手県の陸前高田市では高田松原を歩き、風光明媚な広田半島の広田崎や黒崎に立ち、海岸の民宿に泊まりました。宿のご主人、奥様にはほんとうによくしてもらいました。そして大船渡から釜石、宮古、久慈と北上し、八戸に向かっていったのです。
それだけに、各地のあまりの惨状には涙が出るほどの思いです。
「なんで、なんで…」といいたくなります。
三陸のリアス式海岸では、いたるところで見上げるような防潮堤を見ました。まるで城砦を見るかのような頑丈な造りでした。岩手県の綾里(大船渡市)や両石(釜石市)、田老(宮古市)、津軽石(宮古市)などの防潮堤はとくにすごいもので、まさかあの見上げるような防潮堤を津波が越えるだなんて…、想像すらできませんでした。しかし今回の巨大津波は軽々と城砦のような防潮堤を乗り越え、町々を飲み込んでしまったのです。
綾里湾を襲った今回の津波は23mとのことです。国内最高の津波の高さとしては、明治29年(1896年)の明治三陸地震津波で綾里を襲った38.2mが記録されています。今回の大津波はそれ以上の規模だったので、もし大規模な防潮堤がなかったなら、40m以上の高さになっていたといいます。今回の大津波は我々、日本人がいままでに経験したこともないようなものすごさでした。
壊滅状態になってしまった東北の太平洋岸ですが、東北のみなさんの粘り強さ、生きることへの前向きさ、ひたむきさを持ってすれば、きっと見事に復興できると確信しています。
ぼくはバイクで走ることしか能のない人間。5月にはアドレスで台湾を走ってきますが、「がんばれ、東北!」のウエアを着ていきます。そのあとは、順次東北太平洋岸のエリアをまわっていくつもりです。
「がんばれ、東北!」

