・滋賀~岐阜 【中山道復路】
中山道六十九次[5月29日]
2009年06月01日
[中山道六十九次]

米原の宿の朝食をいただきます。
米原駅の駅前にやってきました。こちらは西口です。
これから「米原探訪」を開始させます。
ここは「琵琶湖干拓資料館」。
米原はかつては筑摩江という琵琶湖の内湖でしたが、干拓されて今は広々とした農地です。
ここは筑摩神社。
米原の2大祭りのひとつ、「筑摩の鍋冠り祭」のおこなわれる神社です。
筑摩神社を参拝します。
ここは磯崎神社。
米原の2大祭りのもうひとつ、「武者行列」がおこなわれます。
米原の磯といえば、日本武尊終焉の地。磯崎神社は日本武尊をまつる神社です。
「タケル伝説」の地を追っているカソリとしては胸を熱くしてこの地にやってきました。
磯崎神社を参拝します。
磯崎神社から見下ろす琵琶湖です。
米原の広野。伊吹山が見えています。
ここは筑摩江の干拓地。かつては琵琶湖の一部だったのです。
北国街道の米原宿に入っていきます。
ここは米原宿の追分。
左が長浜、木之本から栃ノ木峠を越え、福井から金沢に通じる北国街道、右は中山道の番場宿に通じる深坂道です。
第8番目の番場宿。ここからもう一度、中山道を追っていきます。
これは米原への道標。
汽車、汽船となっていますが、汽船は米原湊から出ていました。
番場宿の蓮華寺に参拝。番場といえば番場の忠太郎。
境内には「番場忠太郎地蔵」が建っています。
第9番目の醒井宿。
ここは旧醒井郵便局で、建築家ウィリアム・メレル・ヴォリーズの作です。
醒井宿の「居醒の清水」。
湧き水で、水をくみにきている人がいます。
日本武尊伝説の地で、その像が建っています。
ここは醒井宿の本陣跡です。
第10番目、柏原宿の楓&松並木です。
柏原宿の「柏原御茶屋御殿跡」。
ここは家康、秀忠、家光と徳川三代が上洛のときに使った茶屋跡。
このことからもわかるように、「江戸~京」間は東海道のみならず、中山道もずいぶんと使われた。
国境を越えて近江から美濃に入っていきます。
ずいぶんと楽しませてもらった近江には感謝です。
第11番目の今須宿。美濃路最初の宿場です。
今須宿の本陣跡です。
中山道旧道の今須峠。関ヶ原へと峠を下っていきます。
第12番目の関ヶ原宿にやってきました。
ここは鈴鹿、愛知と並ぶ日本の古代三関のひとつ、不破関の址です。
ここはまさに西国と東国の境です。
不破関址の「不破関資料館」を見学します。
前方は関ヶ原のR21(真下の道)とR365の交差点。
関ヶ原は昔から交通の要衝の地で中山道と北国街道(北国脇往還)、伊勢街道がこの地点で分岐していました。
関ヶ原といえば、「関ヶ原の合戦」。
ここは西軍を率いた石田三成の陣地跡です。
関ヶ原の風景。
400年前、この地で日本の東西分け目の戦闘が繰り広げられたとは思えないような、のどかな風景です。
関ヶ原の古戦場碑が建っています。
関ヶ原で昼食。鶏釜めし定食をいただきます。
第13番目の垂井宿にやってきました。
まずは美濃の一の宮の南宮大社に参拝です。
垂井宿の土蔵造りの家です。
第14番目の赤坂宿です。
赤坂宿は家康、開運の地。
赤坂港跡。この川舟の港がかつての赤坂宿を支えたのです。
ここでいったん中山道を離れ、大垣まで行きます。
大垣の道標。右京みち、左江戸みち。
「奥の細道」結びの地には芭蕉像が建っています。
大垣城の天守閣です。
第15番目の美江寺宿近くの風景です。
美江寺宿に入っていきます。
美江寺宿の案内板です。
復元された美江寺宿の高札場です。
美江寺観音を参拝します。
第16番目、河渡宿の一里塚跡です。
岐阜に到着。長良川対岸には金華山。
山頂の岐阜城が小さく見えています。
第17番目の加納宿です。
ここは加納城跡。
岐阜城と違って、きれいさっぱりと何もありません。
今日は岐阜に泊まります。
アドレスをホテルの駐車場に止め、夕暮れの岐阜の町をぶらぷら歩いています。
何か、わけもなくうれしくなってくるような時間です。
焼き鳥屋で焼き鳥を食べながらビールを飲んでいます。
いい気分で名鉄の岐阜駅前まで来ました。
名鉄岐阜駅近くのラーメン店で夕食。ゆず塩ラーメンをいただきます。





































































